鬼木の里へようこそ

鬼木郷

鬼木について

 鬼木という木はどんな木だったのでしょう。狩りをしていた大昔、驚くほどの巨木があり、それが地名になったと伝えられています。

農民具資料館

 平成10年に建設された農民具資料館には、江戸時代からの農民具が多く展示され、地元出身の児童文学者・名誉町民 福田清人先生のコーナーも設けてあり、ご遺徳を偲ぶことができます。

 

 鬼木郷には、石垣を築いて造成した階段状の田一棚田一が広がっています。
この地にはじめて棚田が造られた時期については記録も無く不明ですが、江戸時代の中頃には完成していたと言われています。現在の棚田の面種は22ha、6万6千坪で、約400枚の水田を持っています。
 石垣は、一個一個の石を高度な技術によって積み重ねて築かれており、その上に造られた水田は、私たちに美味しいお米をもたらすとともに、水を溜めて災害を防ぎ、水を浄めて自然を守ってきました。

「日本の棚田百選」

 棚田は、先人達の自然に対する深い叡智を伝え、また、伝統的な農村景観を今に伝える貴重な財産と言えるでしょう。平成11年(1999)には、農林水産省から、「日本の棚田百選」の一つに選ばれています。

 

 これを機に地域の活性化を図ろうと、転作作物である大豆を枝豆として少し早めに収穫してもらい、都市住民の方に楽しんでもらおうと平成12年10月に開催したのが棚田まつりの始まりとなりました。

 収穫の喜びを通じての交流や、本当にやって良かったという満足感、自分の地域を誇れる心がひとつとなり、それ以降の活動につながっているのでしょう。2回目から登場の案山子は、アニメや世相を反映した物が多く、今や集客の主人公となりました。

 9月23日(祝)この時期、鬼木棚田は彼岸花が見ごろを迎え、秋風に黄金色の稲穂が微笑む大自然の絶好の季節の中で、町文化財鬼木浮立の華やかな音色がのどかな山間にこだまします。「21世紀の社交場」鬼木棚田へお越しください。

 近年、地域の伝統はすたれ、住民の絆までもが薄れつつある時代と言われていますが、郷民が一丸となって、伝統ある地域性、また、日本の原風景である貴重な財産「棚田」を活かしながら更なる活性化を目指します。

鬼木の棚田まつり

 平成11年に日本の櫛田100選に認定されたことを契機に、棚田を地域おこしの起爆剤としようと「鬼木棚田協議会」が発足し、平成12年から鬼木棚田まつりを開催しました。

鬼木の棚田まつり

 この棚田まつりでは「枝豆収稚祭」や「里芋里親農園収種祭」、クイズを解きながらゲーム感覚で棚田を散策する「棚田ウォークラリー」「だご汁の大鍋大判振る舞い」「卵つかみ取り販売」など大いに賑わい、毎年5,000人を超す多くの来場者があっています。 また、まつりを盛り上げる助っ人として、 住民の手作りの時代を風刺したユーモラスな 「案山子」が約70本も立ち並び多くの見物客で賑わいます。

鬼木浮立

 浮立の由来は波佐見が大村領に復帰したときとされていますが、明らかではありませんが、鬼木郷の上手、大鬼木地区で継承されています。

 鉦浮立として有名で、大小6個の鉦が響き合う中での踊りや、大太鼓の音は人々の心を揺り動かします。

鬼木浮立

 大太鼓を中心に据え、笛、鉦、締太鼓で晴れやかな囃子は心を浮き立たせ、踊り子は華やかな衣装で身振り手振りも而向いものがあります。

 毎年8月16日に大鬼木観音堂で行われる夏祭りで奉納演技を鑑賞することができます。